

No.34「それぞれの未来へ」


まだ視力も弱い、ボンヤリした世界の中で。
はじめて目が覚めた時。
その生き物は、たくさんのたぬき玉の内のひとつでした。
やわらかくて。
あったかくて。
あぁ、いつまでもずっとここに居たいし。
自分と同じ姿をした仲間達に囲まれて、すぐに幸せな気持ちでいっぱいになりました。
時にモチモチし合い、追いかけっこをしたり一緒にゴロゴロ転がったりして遊ぶのはとても楽しくって、
そこには敵と呼ぶようなものも、身の危険もありません。
比較的治安の良いこの街では、ションボリを吸って育つたぬ木には厳しい環境でもありました。
このチビ達を生み出したたぬ木はすでに枯れてしまってこの世に無く、この場にいる仲間だけが家族なのでした。


でも、ずっとここに居るということは、将来的にはとても恐ろしいことなのだと幼いチビたぬきは知りません。
幸いな事に、このチビたぬきは運良く幼いうちに買われる事になりました。
仲間達と離れる事は気がかりでしたが、これまた幸いな事に全く同じタイミングで買われていく仲間が1人いたのです。
残された仲間達がキューキュー鳴いて、
“いかないでしー”
“ちびも連れてってしー”
“おまえらだけずるいんだしー”
“それよりごはんまだかしー？”
などなど、色んな言葉で見送ってくれました。

そして、買われたチビたぬき達は。
それぞれ自分を抱き上げた人間の腕の中からばいばいし…とお互いに手を振り、同じタイミングで買われていった仲間と別れました。
元気でし。
いつかまた、会えるといいし。
今のたぬ生なのか、この次なのか。
育ての親もいないのでリポップ先という概念はまだ理解していませんが、再会を信じる気持ちが、チビたぬきの胸には灯り続けていました。


しかし、平凡ですがたぬきとしては上々の日々は、そんな生まれたばかりの頃の思い出を記憶の片隅に追いやるには十分な月日でした。
まだまだチビたぬきの部類でしたが、不器用ながらも愛情あふれる飼い主の元で喋れるようになるのに時間はかかりませんでした。
自分は幸せたぬだし。
エサは紙エプロンで服が汚れないようにしながら、手やスプーンを使って食べるのを教えてくれたし。
トイレや毛繕いの仕方を覚えさせてくれて、将来チビを育てる時の方法まで教えてくれているし。
この飼い主さんは首輪もつけず、自由におさんぽさせてくれました。
閑静な住宅街の中なので、スラムの野良たぬきやたぬきもどきに遭遇する危険も少なめでした。
ションボリ猫背ではなく、自らの境遇をどこか誇らしげに胸を張って歩いていると。
「わんわんし！わんわんし！」
どこか聞き覚えのある、懐かしい声がしました。


けれども言っている内容が何とも不思議で、飼いチビたぬきはきょろきょろと辺りを見渡しながら歩きます。
そしてようやく、声の主を見つけた飼いチビたぬきは、ぴたりと立ち止まりました。
「どうした？」
飼い主に尋ねられても、飼いチビたぬきは動き出しません。
視線の先に居たのは、
「わんわんし！わんわんし！」
たぬきのクセに四つん這いで、しっぽを左右に振りながら犬の鳴き真似で叫んでいるチビたぬきでした。
ちょうど飼いチビたぬきと同じぐらいの大きさです。
「なんだあれ…？たぬきだよな…いや犬…いやたぬきだ…」
じーーーっと、チビ犬たぬきを見つめていた飼いたぬきでしたが、
「あっ…し…！」
何かに気がつき、弾かれるように駆け出します。


向かった先は、チビ犬たぬきのいる庭の中でした。
「おい人ん家だぞ！よせよ！？」
飼い主が止めるのも厭わず、飼いチビたぬきは敷地内に侵入し、チビ犬たぬきの頬を両手でモチモチしました。
「ひさしぶりだし…どうしたんだし…なんでいぬのマネなんてしてるし…」
たぬき同士、忘れるわけがありません。
生き別れになった中で、1番仲の良かった仲間でした。
あの時、同じように人間に買われていった子です。
「わんし…？ｸｩﾝ…？」
急に両頬を触られて驚いていたチビ犬たぬきは手を押しのけるように首を傾げ、不思議そうに鳴きますがそれ以上は何も答えてくれません。
「わたしだし…だいじなともだちをわすれたのかし…？」
「わんわんし…わんし…」
そんな事言われても…と言いたげにしょげるチビ犬たぬきは、しっぽをションボリさせて鳴くばかりです。
「わんわんし…って…なにいってるかわかんないし…！ふざけるのはやめるんだし…！」
同じ生まれなのだから、きちんと教育を受けられていれば、自分と同じように喋ったり2本の脚で走ったりできるはずでした。
ところがこのチビ犬たぬきは、自らがたぬきである事を忘れてしまったかのように犬の真似に興じているのです。


「ｸﾝｸﾝし…ｽﾝｽﾝし…わんし！」
チビ犬たぬきは、飼いチビたぬきの匂いをしばらく嗅いでいましたが、同族ゆえに安心する匂いだったのか、頬をペロペロと舐め始めました。
「ﾍﾟﾛﾍﾟﾛし…ﾍﾟﾛﾍﾟﾛし…ｷｭｳｳﾝ♪」
もう完全に犬の挙動でした。
見た目はたぬきでも、中身はまるで犬そのもののようでした。
「や、や、や…やだしぃぃいいい！」
受け入れ難い現実を直視できず、飼いチビたぬきはブンブンと首を振り、チビ犬たぬきを抱きしめました。
「どうしてだしぃぃぃぃ！」
「………？わんわんし！」
嘆き悲しみますが、チビ犬たぬきにはまるで通じていないようで、チビたぬき特有の高い体温が生むぬくもりに、はしゃぐように鳴くだけでした。


「モチモチしてし…おねがいだし…！」
チビ犬たぬきの手を取ってあの日のようにモチモチし合おうとしても、当の本人はイヤイヤと首を振り、
「ハッハッハッ…わんわんし！わおーんし！」
自分はたぬきじゃない、犬だ。と言わんばかりでした。
「やだし…たぬきのだいじなともだち…やだし…」


「ウウウ…！わんわんし！わんわんし！」
あんまりしつこく前足を持ち上げ続けるので、チビ犬たぬきは明らかに敵意を込めて吠え始めます。
あっヤバい。ようやく飼い主は飼いチビたぬきを抱え上げてその場を後にしたのでした。
「あっまってし…ごしゅじん、もどしてしーーー！」


「ｸｩ〜ﾝ…？わんわんし…」
あの子、一体何だったんだろう。
何か思い出せそうで、思い出せない。
また今度来たら、遊んでくれると良いんだけど。
と、その時。
家のドアが開き、若い女性が現れました。
「ミドリ、なんだか騒がしかったねぇ…どうかしたの？」
「わんわんし！」
「ま…いっか。お散歩いこ？」
「わんわんしー！」
リードを小屋から外してもらい、大好きな飼い主さんとのお散歩を大いに喜んだチビ犬たぬきは、さっきの飼いチビたぬきの事などすっかり忘れてしまったのでした。


家に帰り、降ろされた飼いチビたぬきは途方に暮れていました。
「かわいそうだし…あんなの…たぬきじゃないし… 」
「そりゃ犬だもん…くくっ…」
飼い主が、笑いを堪えて言いました。
飼いチビたぬきはひどいし！と涙目で両手を振り回して抗議しました。
「でもま、あちらの飼い主さんにも色々な事情があるんだろうさ」
興奮する飼いチビたぬきの頭にポンと手を置いてやり、飼い主は静かに呟きました。
その視線の先は飼いチビたぬきではなく、テーブルの上の一冊の教育本に注がれていました。


あの日以来、飼いチビたぬきの飼い主は散歩コースに必ずあのチビ犬たぬきの家を通る事にしました。
飼いチビたぬきのリアクションを見たいというおもしろ半分と、自分もあのチビ犬たぬきの事が気になるからでした。
「いっ、いやですし！」
「この道通らないと家帰れないよ」
「でもいやなんですしぃ！」

口では嫌がりつつも、通る時は横目でガッツリ見てしまうのを止められない飼いチビたぬきなのでした。
今日はちょうどエサの時間らしく、チビ犬たぬきは犬用の皿に顔を突っ込んで嬉しそうにエサを頬張っていました。
もちろん、手や道具など使うはずもなく、その姿は犬というよりどこかで聞いた、恐ろしい“たぬきもどき”を想起させて、飼いチビたぬきはとっても居た堪れない気分になってしまいました。
「がつがつ…がつがつ…わんわんし♪」
そんな飼いチビたぬきの心情など知らないチビ犬たぬきは、しっぽを振りながらエサを食べ進めます。
乾燥したカリカリのものでなく、高級な缶詰タイプを食べさせてもらっているようでした。
「わんわんし…♪」
しっとりとしたお肉を、思う存分に噛み砕いて満足げに鳴き声をあげました。
「ほら見ろ。あれ多分お前が食べてるのよりいいやつだぞ」
「………し……」
飼い主に頭上からトドメの一撃のような言葉を喰らいながら、飼いチビたぬきは心折れて帰路に着くのでした。


後日、例の家の前を通るとチビ犬たぬきの姿はありませんでした。
「あれ…今日はいないな」
「きっといぬのフリはおかしいってきづいたんだし…もういぬはやめたんだし…」
自身の希望的観測を、まるで現実かのように語る飼いチビたぬきでしたが、すぐにそれは打ち砕かれました。

「ごしゅじん…これなんて、おはなですし？」
「キンモクセイだな」
「ふぅ〜ん…いいニオイですし…」
飼いチビたぬきは久々にイヤな気持ちを忘れて日常を取り戻していたのですが、
再び、ぴたりと固まってしまいます。
その視線の先にはチビ犬たぬきがリードに繋がれ、しっぽを振りながら歩いてきていたのでした。
どうやら、こちらと同じくおさんぽ中だったから家にいなかったんだと、飼い主は得心しました。
ちょうどいい。事情を聞けば、ウチのたぬきも諦めるかもしれない。
いつまでもあの様子では、こちらとしても色々と支障が出てくる。
飼い主は向こうの飼い主と話をして、情報収集を行う事にしました。


「こんにちわ」
「こんにちわ」
近づいてきた時に挨拶をしてみると、向こうも軽く返してくれます。
たぬきを連れている同士、別に怪しくはありません。
まずは接触成功といったところでしょうか。
飼い主は手応えを感じ、チビ犬たぬきに視線を落として切り出しました。
「珍しいですね。たぬきをそんな風に飼っているなんて」
「ああ、ウチの嫁が犬好きでしてね。でも僕は犬が苦手なんで、こうしてたぬきを犬として飼っているんですよ」
聞かれ慣れているのか、チビ犬たぬきの飼い主は自然にすらすらと喋り始めました。
「ある日、出張先で“わんわんし！たぬきは犬をやれますし！”って犬のフリをしてるたぬきを見かけたんですよ。ソイツは汚らしかったんで拾いませんでしたけど、これだ！って思いましてね。夫婦で話し合った結果、たぬきを犬として飼う事に決めたんです」
どうしよう。説明を聞いてもまるで意味がわからない。
たぬきを犬扱いしているのはだいぶヤバいと思っていたけれども。
この人サイコなのかな？
引き攣った笑いで応える飼い主はなるほど…としか言えなくなってしまいました。
「まあ、折衷案てやつですね。僕はほんとは、ちゃんと二足で歩かせて首輪つけたいんですけど」
「なるほど…」
「最初は言葉を覚えさせないようにしたり、自分を犬だと思い込ませるのに苦労しましたよ」
「なるほど…」
「ここまでやるのに薬とか色々使いましたけど…今では立派な犬たぬきです」
「なる…ほど…」
ご主人は結構饒舌な人で、聞いていないことも喋るタイプのようでした。
ずっと向こうの飼い主を睨みつけるように見上げていた飼いチビたぬきはついに我慢できなくなったのか、両手を振り回して泣きながら声をあげました。
「そんなの…ぎゃくたいだし！！」
「おまえバカッ何言ってんだ！」
「ギュブウ！」
どこで覚えたのか問い詰めたい言葉を発した飼いチビたぬきを即座に蹴り飛ばし、一旦黙らせた後に抱き上げて拘束します。
他所様の方針に口を出すなんて、しかもたぬき風情が。失礼にも程がある、と飼い主は内心で冷や汗をかきました。
「すいませんたぬきの言うことはいえ、とんでもない事を！」
「ハハ、気にしてませんよ」
温厚らしいチビ犬たぬきのご主人は、別に怒り出したりはしません。
それがまた、飼いチビたぬきをつけあがらせる結果となってしまいました。
「たぬきのともだち、返してじぃいい゛い！」
これ以上余計な事を言わせないよう、飼いチビたぬきの飼い主は口を抑えます。
チビ犬たぬきはというと、自分の飼い主や飼いチビたぬきの飼い主の足元をぐるぐると回っていましたが、会話にも入れないので構ってもらえない事を不満そうに、
「わんし！」
と短く叫びました。
「………！！もがもがもが…！」
抱き上げられ、口元を抑え付けられた飼いチビたぬきは、その姿を黙って見ているしかなく、大粒の涙をこぼす事が精一杯の感情表現でした。
その場にいる誰も、気に留めていませんでしたが。
「そろそろ失礼しますね…帰ろうか、ミドリ」
「わんわんし！」
チビ犬たぬきは嬉しそうに鳴いて、1人と1匹は去っていきます。
1人と1匹はその場に残り、その仲睦まじい様子を見えなくなるまで見送り続けました。
夕暮れ時から、空は紫色に変わろうとしている頃合いでした。


家に帰り、飼い主はため息をついてしゃがみ込むと、飼いチビたぬきに視線を合わせて言いました。
「そろそろ諦めようよ」
「やだし…かわいそだし…」
「名前もつけてもらってさ…幸せそうだったろ…？」
「あんなの…むりやりつくられたしあわせだし…」
「幸せのかたちはそれぞれだよ」
そう言われて、飼いチビたぬきは黙り込んでしまいました。
自分は自分で、まぁ幸せだと思える状況なんだけどし。
仲間にも、同じように幸せになってほしかったんだし。
それっていけない事なのかし？

と、色々と考え込みましたが幼いたぬきではこの思いは言語化できません。
諦めてから、飼いチビたぬきはふと、思い立ちました。
「たぬきには、おなまえつけてくれないし…？」
「え、めんどくさいからイヤだけど…」
「めんどくさいってなんだしぃいいい！」
ジタバタし始める飼いチビたぬきでしたが、特に咎められる事はありませんでした。
「お前のことは…まあ」
飼い主は頭をぼりぼりと掻きながら、
「いてくれて助かってると思ってるよ」
その視線の先にあるのは、チビたぬきの手に届かないテーブルの上に置かれた、
“チビから育てる！立派な大人たぬきを高く売る方法”という題名の教育本でした。
しっかり躾けられた大人のたぬきは、ションボリの少ないこの街では貴重な存在で、育ちの良さによっては高値で売れるのです。
たとえこの本を発見したとしても、字が読めないチビたぬきは飼い主の真意を知る事は出来ません。



その夜。こっそりと飼いチビたぬきは我が家を抜け出しました。
「もうあの飼い主はたよりにならないし…」
何度も何度も通らされたので、暗くなっていたとしてもあの家にたどり着くのは難しい事ではありませんでした。
外で飼われているのが幸いして、チビ犬たぬきもすぐに見つけることが出来ました。
飼いチビたぬきは眠っているチビ犬たぬきの元へと近づいていきます。
ヒクヒクと鼻が動き、伏せて寝ていたチビ犬たぬきが目を覚ましました。
「ｸｩﾝ…？」
「しっ…しずかにするし…いまたすけてあげるし…」
“ともだち”を犬の真似事から解放するべく、首輪とリードを何とか取り外そうと試みます。
それがチビ犬たぬきのために正しいと本気で信じる淀みのない表情でした。
「とれないし…」
いくらガチャガチャやろうとも、幼いたぬきの手ではたとえ道具を使ったとしても破壊は不可能でした。
「がるるるるし…」
「…なんで、うなってるし…たぬきはともだちだし…」
再三の不可解な態度から、チビ犬たぬきは飼いチビたぬきの事を、すっかり遊んでくれない対象として匂いを覚えていたのでした。
それどころか明らかな敵意をもって、抵抗に出る事にしたのでした。
そしてそれが、悲劇の引き金でした。
ガブリ！
首輪から伸びたリードを千切ろうと引っ張っている飼いチビたぬきの腕に思いっきり噛みつきました。
番犬としては躾けられていませんでしたが、このたぬきが今の生活を壊そうとしているのは明らかでしたので、チビ犬たぬきは敵を排除する手段を取りました。
脳は犬化していても、身体は健やかに育っていたので、立派な歯が生えそろっています。
思わぬ攻撃に戸惑いながら、飼いチビたぬきは腕の痛みに叫びを上げました。
「いだっ！？いだいし！はなすし！」
どうして助けようとしてるのに、噛まれなきゃいけないんだし。
飼いチビたぬきは、心底憤慨しました。
しかし、すぐにその戦意は失われる事となります。
突き飛ばした勢いで服と腕の一部を噛みちぎられ、
「いっ、いっ…いだいしぃぃぃ…」
あまり大声を立てると飼い主の人間達にバレてしまうので、飼いチビたぬきは歯を食いしばって悲鳴を最小限に留めました。
「ｸﾁｬｸﾁｬ…ｺﾞｸﾝ…」
しかし口に入ったものを反射的に飲み込んでしまったチビ犬たぬきはというと。
通常、たぬきの肉と血の味を覚えたとしても、そこまでの変化はすぐに現れません。
ただし、幼少時からたぬきである事を捻じ曲げられて無意識領域の中で感じていたストレスと、この飼いチビたぬきに対する敵意が混ぜ合わさり、
さらに飼われているにも関わらず野性に近い環境が、異常事態を呼び覚ましてしまったのでした。
ぶるぶると震える身体から異様な速度で毛が弾けるように生え、気がつけば茶色い毛だらけの獣へと変貌していくのに時間はかかりませんでした。
夜の暗さのせいで、飼いチビたぬきの視力ではすぐにはわかりませんでしたが、ともだちが毛むくじゃらの化け物になっているのが、家の灯りによってやがて照らし出されます。
「ｷｭｳｳ…ｳﾞｯﾌ…」
その姿は、まるで。
「いぬだし…？ほんとのいぬに、なっちゃったんだし…？
すぐに、違うと思い至りました。
犬は、ヴッフとは鳴きません。
これは、この姿はーーー。
「もどき…だし」
そっかし。
もうたぬきの事なんて、とっくに覚えていないんだし。
涙で滲む視界に映っていたのは。
犬である事も、“わんわんし”という言葉も忘れてしまった、毛むくじゃらの化け物の口内でした。


翌朝、この家の庭で発見されたのは。
食い散らかされた飼いチビたぬきの残りかすと、返り血を浴びながらもしっぽを枕に丸まったまま、スヤスヤと眠る完全にもどきと化したチビ犬たぬきの姿でした。
第1発見者の奥さんは卒倒し、旦那さんは介抱しながらもすぐに保健所へと連絡し、たぬきもどきはガス室送りで処分されたそうです。
旦那さんは遺された首輪を握りしめて呟きました。
「だから言ったんだ…室内飼いの方がいいって」


逃げ出されてしまった飼いチビたぬきの飼い主は、目的を感づかれて脱走されたのだと思い頭を掻きました。
情愛が深い方が評価が高くなると書いてあったから、チビ犬たぬきに頻繁に会わせたのが不味かったのだろうか。
「まいったな…次のたぬき買うか」


こうして再び、2組の人間達はペットショップへと向かいました。
奇しくも、それぞれが同じ事を考えて訪れていました。
ーーー次こそは、失敗しないようにしないと。
そしてまた、2つののたぬき玉が選ばれて。
分たれたそれぞれの未来へと歩んでいくのでした。


オワリ




